早稲田大学韓国学研究所 WIKS | 第1回若手研究会
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韓国学研究のフロンティアー第1回若手研究会「戦後日本における〈朝鮮人問題〉言説の起源―資本主義秩序の危機とレイシズムの再編という視点から」を開催しました。

2014. 04. 18. (月) 16:00 ~ 18:00

早稲田大学19号館(西早稲田ビル)313号室

プログラム

報告:崔徳孝(ケンブリッジ大学PDフェロー)
-「戦後日本における「朝鮮人問題」言説の起源―資本主義秩序の危機とレイシズムの再編という視点から」

討論

君島和彦(東京学芸大学名誉教授)

概要報告

早稲田大学韓国学研究所では、若手研究者の成果発表と交流の場として、若手研究会「韓国学研究のフロンティア」を立ち上げた。その第1 回研究会は、ケンブリッジ大学PDフェローの崔徳孝氏に「戦後日本における『朝鮮人問題』言説の起源―資本主義秩序の危機とレイシズムの再編という視点から」という主題で報告して頂いた。
氏の問題意識は、占領下「戦後日本」の形成を「ポスト帝国」「冷戦」という時間性および問題が交差する場として再検討するところにあり、「多民族」帝国日本から「単一民族」国家への自己再定義過程を通じた「日本人の境界」に変容過程の表裏一体の関係にあるものとして「朝鮮人問題」の創造/想像を置き、1946年の「反朝鮮人キャンペーン」に対する歴史社会学的考察していく。
既存の「戦後危機」は経済的危機、政治的危機、資本主義秩序の危機として理解されてきた。そのなかでも氏は、従来、政治主義的な観点から理解されてきた資本主義秩序の危機を、労働市場の危機に注目する。労働市場に登場するのを拒否した産業予備軍が存在し、彼らが闇市に参加することで、闇市経済と資本主義秩序の根本的機能不全が連関していることを指摘し、「危機」を理解するうえでの闇市の重要性を再定義した。
次に氏は「朝鮮人問題」という言説がどのように登場したかの整理を行った。第90回帝国議会において「戦後危機」について論争が行われていた。この議論と並行して言説化されるのが「朝鮮人問題」であった。当時の野党は「危機」の原因を資本主義体制に問題があるとして追及するが、当時の吉田茂首相が「危機」の原因として「国民道義の頽廃」を強調し、あくまでも文化的な問題に置き換えて、野党の追及を避けた。その道義頽廃と関わって「隠匿物資」問題が浮き上がり、1946年7月2日「隠匿物資」摘発をめぐる議論が衆議院本会議で行われていた。なかでも7月3日からの衆議院「隠匿物資等緊急措置令(承諾を求める件)委員会」での議論で、物資の隠匿や闇行為は朝鮮人が中心になって行われていると当時の中村寅吉・原侑議員などによって「問題化」された。
かくして国会でつくられた「朝鮮人問題」言説と民衆の「経験」とが交差していく。1946年当時のラジオの普及率は全世帯の38.6%であったが、NHKでは1946年7月1日から8月31日まで全国会審議を生中継しており、メディアを通じて「朝鮮人問題」言説は流布していたようである。その頃の日本人がマッカーサーに送った手紙のうち、「朝鮮人問題」に関する嘆願書を分析すると、「美衣美食」の生活を送る朝鮮人というイメージが形成されており、「朝鮮人=内なる敵、日本人=朝鮮人の被害者、マッカーサー=救世主」という三者関係の心象構図ができていたことがわかる。ここには、イデオロギーとしてのレイシズムが機能している姿がみられる。つまり、「朝鮮人問題」という政治的、社会的につくられたイデオロギーが個人の苦難を解釈する「意味」を提供し、個人の「経験」を形作っているということである。

Date
Category
若手研究会
Tags
Organic, Villa